書籍編集者が見た、出版業界の裏側

『本を出したい人の教科書』(吉田浩著)がアマゾンで売れている。

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アマゾンで売れているとあえて書いたのは、アマゾンで売れているからといって、イコール街の書店で売れているとは限らないからだ。

私が編集した本の数も数多に上るが、アマゾンのジャンル別ランキングで1位なのに、書店ではさっぱり、ということが事実としてあった。

著者の吉田さんは知人編集者がかつて付き合いの合った方で、どんな仕事をされているのかは知っていたけれど、まさかこんな本を上梓するとは、正直驚いた。

 

それはそうと書籍編集者として長年業界にいて、いずれ書こうと思っていたことなので、そろそろ出版業界の現状についてレポートしておきたいと思う。

出版業界は構造的不況業種

 

ちなみに、これから語ることは、版元や取次にいる人なら誰でも知っていることだ。

 

アマゾンなど電子書店でも、実際の書店でも売れている本が、本当のベストセラーだ。

以下に語ることは、商業出版における紙の本、についてである。

 

今の時代、1万部も出れば「売れた」と言われる。2万部も売れたら、取次のジャンル別ベストセラーランキングに入る。

10万部も売れれば大ベストセラーだ。

ちなみに、2013年の総合ランキング(ニッパンの集計)をご覧いただきたい。

何が売れたのか、一目瞭然でわかる。

 

年間ベストセラー | ベストセラー一覧 | 日本出版販売株式会社

順位 書名 著者 定価 出版社
1 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 村上春樹 1,785円 文藝春秋
2 医者に殺されない47の心得 医療と薬を遠ざけて、元気に、長生きする方法 近藤 誠 1,155円 アスコム
3 聞く力 心をひらく35のヒント 阿川佐和子 840円 文藝春秋
4 海賊とよばれた男(上 百田尚樹 各1,680円 講談社
5 とびだせどうぶつの森 かんぺきガイドブック 週刊ファミ通編集部 1,260円 KADOKAWA
6 ロスジェネの逆襲 池井戸 潤 1,575円 ダイヤモンド社
7 できる大人のモノの言い方大全 話題の達人倶楽部 1,050円 青春出版社
8 新・人間革命(25) 池田大作 1,300円 聖教新聞社
9 人間にとって成熟とは何か 曽野綾子 798円 幻冬舎
10 置かれた場所で咲きなさい 渡辺和子 1,000円 幻冬舎
11 世界のなめこ図鑑(通常版)
続・世界のなめこ図鑑
続・世界のなめこ図鑑(ブックマークつき)
金谷 泉
Beeworks/SUCCESS
通683
続683
続ブ819円
KADOKAWA
12 スタンフォードの自分を変える教室 ケリー・マクゴニガル
神崎朗子訳
1,680円 大和書房
13 謎解きはディナーのあとで(3) 東川篤哉 1,575円 小学館
14 とびだせどうぶつの森 ザ・コンプリートガイド  電撃攻略本編集部 1,260円 KADOKAWA
15 ホテルローヤル 桜木紫乃 1,470円 集英社
16 未来の法 新たなる地球世紀へ 大川隆法 2,100円 幸福の科学出版
17 とびだせどうぶつの森 超完全カタログ Nintendo DREAM編集部 1,155円 アンビット発行
徳間書店発売
18 伝え方が9割 佐々木圭一 1,470円 ダイヤモンド社
19 野心のすすめ 林 真理子 777円 講談社
20 雑談力が上がる話し方 30秒でうちとける会話のルール 齋藤 孝 1,500円 ダイヤモンド社

上記はいずれも20万部以上は最低でも売れている本だ。

錚々たる顔ぶればかりと思いきや、意外な一般には無名の方の本もランキングに食い込んでいる。

 

商業出版の実態

 

一般の方が気になるのは、ベストセラーというのはどのくらい売れているのか、どんな本が売れているのかということだと思う。

上記は総合ランキングのベスト20だから、どんなに低く見積もっても20万部以下ということはない。

それでは、出版される本の初版部数が、どのくらいなのか、ということだけれど、一部をのぞくほとんどの本の刊行時の部数(初版)は、5000部からせいぜい8000部というのがいまの常識だ。

 

文芸書にいたっては初版が2000〜3000部というのも珍しくない。当然高定価になるわけだ。

そのの意味で、村上春樹が いかに抜けているか、これは驚異的かつ別格なので、参考にはならない。

よほど実績のある著者でいまも売れている著者や、売れているテーマの二番煎じ的な本でも初版は1万部がせいぜいだ(中には最初から2〜3万部スタートという本もあるが、例外と考えるほうが正しい)。

 

とくに生活実用系の本は、テーマがほぼ決まっていて、料理や健康など、そのジャンルごとに同じような内容の同じような体裁の本が山のように毎月量産されている。

何か売れている本があると営業やマーケティングの部局から指示が飛び、短期間で差別化して出せれば売れるということで、著者を変えるなり、構成に手を加えるなりして、「先行する本を超える内容」という差別化で本をつくるのが、常套手段だ(考えてみれば、家電でもスマホでも白物家電でもみな同じだ。いまはコモデティ化が進んで性能的にほとんど差がなく、値段やブランドくらいしか差別か要因がない。だから、アジアという巨大市場で日本の家電メーカーはサムスンやLGに完敗を喫した)。

 

2012年の出版統計で、世に出た書籍は約8万数千冊になる。ひと月あたり7000以上もの新刊が出版されているのだ。

何を意味するのかと言えば、書店に本をおいてもらうだけラッキーで、おいてさえもらえず、消えていく本のほうが圧倒的に多いということ。

毎月毎月、取次会社から送られてくる本を、書店もすべて並べるスペースなどない。

大型書店では本を探すのが一苦労だし、棚に一冊ささっている本を見つけて買っていく読者もいないことはないが、そんな本が売れていく確率がどれだけ低いかは推してしるべしである。

営業が書店と交渉して、新刊をいかにして平台において目立つ場所に置いてもらえるか(いわゆる営業力ってやつ)が売れるか売れないかの勝負どころ。

これが従来の営業ビジネスモデルだ。

しかもどこに置いてもらうかというだけでも(中身やデザインがろくでもないものは別として)、売れ行きは格段に変わってくる。

 

大手版元など取次に出資しているような大出版社の本が基本的に優先的に取り扱われているし、事実、数も出しているし、有名作家も多く抱えていて、結果として相対的にベストセラーも多く、漫画部門などで圧倒的なシェアを誇る出版社の営業は、必然的に力学として強くなる。

 

生活実用系、一般書、文芸書、コンピュータ関係、新書、文庫、ムック、雑誌、漫画。

書籍系でも、同じようでいて、ジャンルによってまったく売り方のテクニックが変わってくる。

たぶん、どんな商品でも中身を知らずにいくら営業かけるやつが成功したなんて聞いたことはない。

それでも出版は膨大な点数を営業するから、すべての本の中身を把握して営業かけることもできない、というのがデキナイ営業の言い訳の大多数を占める。

 

僕は編集畑の人間だから営業には詳しくないが、奇しくもある版元の営業部長は、

「うちは実用書は売るノウハウあるけど、それ以外はノウハウないよ。勝手に売れてくような本以外売るのは難しい」

と告白。

思わずため息がもれたのを覚えている。

 

ジャンルに特化した(たとえば、実用書メイン、資格試験メイン、漫画メイン)出版社でさえ、あまりの出版点数の多さに、生存競争を余儀なくされている。

リストラも激しい。

ほとんど報道されていないだけで、大手・中小問わず、人的、費用的リストラなくして、利益を確保できない。

「だったら売れる本を出せばいいじゃん」

という声が聞こえてくるが、問題は、その売れる本が少ないことが問題なのだ。

編集者の質が大幅に低下しているわけではない。

売れる本を出す発想というか、システムというか、土台からして溶解現象を起こしている。

ビジネスモデルが古すぎて、WEB2.0の世界に、ついていけてない。

もう3.0という世界になっていくというのに。

つまりビジネスモデルが崩壊してるってこと。

 

二大取次の横暴

間違いなく2013年は、2012年よりも多くの本が出版されている。

あまり言いたくはないが、出版というのは、言葉は悪いが「売れた本をいかに上手にパクるか」というのが、ある意味作り手の腕の見せ所ということになる。

ある敏腕編集者と呼ばれるベストセラーを連発した編集者と話したときに、彼はこんなことを言った。

「編集って、要は見せ方なんですよね。完全に新しいものなんて存在しない。昔からある売れた本に共通するルールにのっけて、あとはどうやって新しく見せるかという技術じゃないですか。昔の人は知ってても、いまの世代が知らないこととかあるじゃないですか。新しく見せるだけでも売れますよね」

まったくその通り。

旬の著者だから、旬のテーマだから売れるとは限らない。それが出版の世界だ。

 

彼が語ったようなモチベーションを持っている編集者は、業界ではもはや少数派だし、もてる環境がないという厳しい出版社の経営状態が一番の問題だろうか。

 

文芸書というジャンルは芸術の世界でもあり、このルールは完全にはあてはまらない。

 

けれど、僕の敬愛する作家、故開高健はこう言い切っている。

「小説でもなんでも、書かれていないことなんてもうないんだよ」と。

開高さんが亡くなったのは1989年だ。

インターネット登場で世界は激変していくが、ネット関連の解説書というジャンルでくくれば、解説書というのはすでに昔から存在するジャンルで、新しいシステムや概念を解説するという新しさがそこにあるに過ぎないとも言えるだろうか。

 

古いものを新しく見せる。さも有意義かつ有益な知識であるように見せる技術。

これがなければ本はもう売れない。

なんにでも「たまたま」はある。「たまたま」に頼る経営は、けれど経営などではない。

いかに収益をあげるしくみや仕掛けをつくりあげるか。いかに現場の編集者のモチベショーンをあげていくか。

仕掛け、口コミ、宣伝、営業、そして中身。

すべてが完全にそろったとしても、売れるとは言い切れない。それほどまでに商品の数が多すぎるのだ。

逆に言えば、それほどまでに売れる本が少ないということだ。

 

初版部数が少なくなった理由

 

世の中がどんなに不況でも、出版業界だけは「不況知らず」と言われた時代がかつてあった(ネット社会到来前夜まで)。

初版で1万部なんて少ないほうで、最低でも12000部から15000部が普通の初版部数だった。

最低でも6〜7割は売れたから、たとえ返品があっても、一冊あたりの粗利は数百万。仮に1冊あたり200万の粗利があったとして、100冊出版しているとすれば、純利益は、20億だ。

美味しい商売だったのである。

その当時は、「出版ていうのは札束を刷ってるようなもんだな」とまで言われたものだ。

 

出版というのは、パソコンや家電、生鮮食品、アパレルなどのように買い切りではなく、あくまで委託販売であることから、「返品」というリスクが常にある。

 

出版業界の構造を知らないと理解できないと思うので、ここでその構造に触れておきたい。

 

アマゾンのレビューにも書かれていたけれど、

「編集者たちの多くがプラス思考や自己啓発本を手がけていながら、この出版不況で本人たち自身は、すっかりマイナス思考に陥っていることでした。つまり、新人の出版に対して、極めて消極的ということです」

 

「他社が絶対に出さない本」しか出さないというポリシーを持った出版人は、もはやほとんどいない。

 

商業出版としては、会社としてそんなリスクを背負えないのだ。あまりにも本が売れなさすぎて。

 

Aという本があったとする。

原価率は初版5000部、定価1200円として考えた場合、人件費や販管費などを含めると80%から100%。

 

現在書籍の返品率は全体で40%を超えている。原価で言えば、人件費や販売管理費も含めたトータルの原価率で60%でとんとん。それ以上返ってくれば赤字。

 

しかも、出版業界全体の不況を尻目に増収増益、あるいは減収増益を果たしている二大取次が、高止まりしている返品率改善のために、取り扱い部数を大幅に削減。両者で3000部ずつ程度あった取り扱いが、2000部以下に下げられるようになり、版元も在庫を抱えたくないため刷部数を減らす。

 

「売れるかもしれない」

 

ではなく、

 

「売れる商品」

でなければ部数を積み上げてくれないしくみになってきている。

それも、いままでの経験値やデータではかられた古めかしい物差しで、だ。

これもまたきつい表現かもしれないが、版元は取次の奴隷と化しているのだ。

 

昔は「顔」で営業できたと聞いたことがある。

いまはもう、そんな時代ではない。

新刊を出さなければ売上げは立たないし、多少の返品リスクがあってもある程度は点数を出さなければならない。

既刊本は、実用書など息の長いとされてきたジャンルでも、寿命が短くなり、バックエンドで稼いでくれる商品構成(ロングセラーの文庫や新書コミックなど、棚商品でも売れていく本)をもっていない出版社は、自転車操業の残業地獄。

にもかかわらず、リストラと給与カットが進行し、会社そのものを信用できなくなれば、なれ合いで事足れりとする者以外、本づくりに注入するエネルギーは低下していく一方だ。

編集者は、古めかしいシステムと新しいチャレンジをなかなか始めようとしない保守的な経営との間で、モチベーションを保ちにくくなっている。

小規模で、ベンチャー的に始めた機動力のある版元の中には、意志決定も早く、売れ筋とみるやクオリティを落とすことなくスピード勝負で刊行して、部数を伸ばし、二桁成長をしているというところもないわけではない。

しかし、電子書籍が思った通りの成長を見せない中で、マーケティングの強いところと営業力のあるところ、そして社内留保を大量に持つ経営体力のあるところ、機動力のあるところしか生き残れない、そんな状況なのだ(中には「本を売る不動産屋」というありがたくないあだ名で呼ばれる大手出版社もある)。

 

大手、中小問わず、業界の人間に会って、「厳しいですね」という話が出ないことがない。

 

それほどまでに、出版の現場では危機感が増幅している。

 

単純に、だから出版はダメだと言いたいわけではない。

 

ある調査によると、自分の本を出したいという人は50%を超える。

経営者をはじめ、著名人や、自分自身のセルフブランディングという意味で、いまもなお、著書をもっているということのアドバンテージは確かにある。

一方で、自費出版や企業出版で法外な金額をクライアントに要求して問題化する例も増えており(ほとんどの大手が部門や別会社をつくって始めている)、表向き威勢のいいメディアも、裏では単なる金儲けの手段として自費出版に手を染めている。

いろんな話を聞いているし、騙されたという経営者からも実際に会って話を聞かされたことがある。

やれやれ。

きょうはちょっとネガティブな話題に終止してしまった、未来志向のポジティブな話題にもいずれ触れたい。

次回は、さらに突っ込んだ出版業界の現状と未来について、そして一個人にとっての出版の壁と課題について、語りたい。

 

 

 

 

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